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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)89号 判決 1957年4月26日

控訴人 田中晴夫

被控訴人 浅見七朗 外一名

主文

原判決を、左のとおり変更する。

被控訴人等より、控訴人に対する昭和二四年三月一二日神戸地方法務局所属公証人山崎敬義作成第一二六八三二号講金債履行契約公正証書による債務は、金四八八、〇〇〇円及びこれに対する昭和二四年六月四日以降年一割の遅延損害金を超える限度において存在しないことを確定する。控訴人より被控訴人等に対する右公正証書に基く強制執行は、前項の超過部分についてはこれを許さない。

控訴人は、被控訴人浅見七朗に対し、別紙目録記載の不動産について、昭和二四年三月二五日東京法務局中野出張所受付第五二八五号を以てなされた、前第二項の債務不履行のときは代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記の抹消登記手続をなすべし。

被控訴人等のその余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人、その余を被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。」との判決を、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、提出援用の証拠、その認否等の証拠関係は、被控訴代理人において、被控訴人両名本人、控訴代理人において、証人前川義雄、控訴人本人の各尋問を求めた外、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

理由

控訴人が、大聖講の管理人であること、昭和二四年三月一二日、神戸地方法務局所属公証人山崎敬義作成の第一二六八三二号講金債履行公正証書によると、被控訴人両名と訴外富田利一、同浅見五夫が連帯債務者となり、右大聖講管理人たる控訴人に対し、金七六八、〇〇〇円を昭和二四年三月一八日以降毎月三日、一八日に一回につき金一二、〇〇〇円宛、六四回にわたつて分割弁済し、右支払を一回でも怠るときは、分割弁済の利益を失い、かつ利息制限法所定の最高利率による遅延利息を附加して支払うべき旨の落札金掛戻債務を負担し、その担保として、被控訴人浅見七朗において、その所有にかゝる別紙目録記載の不動産につき抵当権を設定し、債務不履行の場合には、控訴人の選択により、抵当権の実行に代えて、右抵当物件を債権額と同額に評価して代物弁済に供する旨予約し、さらに前同様の担保のため、同不動産につき、控訴人のため債務不履行を停止条件とする賃借権の設定をなし、また被控訴人等において債務不履行のときは、催告を要せず、直ちに強制執行を受けても異議ない旨認諾した記載があること、被控訴人浅見七朗が、その主張の如く控訴人のため、昭和二四年三月二五日、東京法務局中野出張所受付第五二八四号を以て抵当権設定登記、同第五二八五号を以て所有権移転請求権保全の仮登記、同第五二八六号を以て賃借権設定請求権保全の仮登記を各経由したこと、ならびに控訴人が、右公正証書の執行力ある正本に基いて、被控訴人主張の如く、被控訴人等所有の有体動産に対し、差押をしたことは、当事者間に争がない。

被控訴人等は、大聖講に加入し、落札金の交付を受けたことはないから、右公正証書は、その記載が真実に反し債務名義の効力がなく、また抵当権の設定その他の右各登記も、原因を欠き無効であると主張するので按ずるに、原審証人富田幸夫、原審(一、二回)並当審証人前川義雄の各証言、原審並当審における控訴人本人の供述、右供述によつて成立を認めうる乙第一号証(大聖講台帳)、同第二号証(宝城寺講台帳)、同第七号証(大聖講の金銭出納簿)を綜合すると、控訴人は、前記大聖講の外、宝城寺講の管理人もしているのであるが、宝城寺講に加入していた富田幸夫の経営する喫茶店「五十鈴」が営業不振に陥り、自然同人の右講に対する掛戻金も延滞し、担保権の実行にあう破目に至つたところより、被控訴人等は、同人の求めによりその援助に乗出し控訴人の折衝を重ねた結果、昭和二四年二月項、被控訴人等において大聖講の第一番会で落札させてくれるのであれば、富田の宝城寺講への延滞金七万円を引受けて支払うというので、控訴人はこれを承諾し、大聖講に、被控訴人七朗名義で二〇口、同八重子名義で一〇口合計三〇口を加入させ、被控訴人等は、同年三月三日の第一番会で、三〇口分に対する第一回掛金合計金六、三〇〇円を支払つた上、控訴人主張の如く、金一九八、〇〇〇円の手取金で落札し、その掛戻金七六八、〇〇〇円につき、前記公正証書記載の如き債務負担の契約をし、かつその担保として、同公正証書記載の如き抵当権設定契約、代物弁済の予約、条件付賃借権設定契約をなし、これらにつき前認定の各登記をしたものであること、しかし、控訴人は被控訴人等の掛戻債務の支払に不安があつたため、後記の如く落札金を交付するにあたり、被控訴人等の承諾を得て、まず二〇口分(被控訴人七朗名義の一〇口分、同八重子名義の一〇口分)の落札金一三二、〇〇〇円を交付し、残一〇口分は、被控訴人等の掛戻状況を観察した上で交付することにしたこと、従つて当初の掛戻金額は変更せられて金五一二、〇〇〇円となり、これを後記落札金交付の日たる昭和二四年四月一八日以降、毎月三日、一八日に一回金八、〇〇〇円宛分割弁済することになつたこと、ならびに右落札金一三二、〇〇〇円は、被控訴人等からの登記済証の入手をまつて、同年四月一八日これを交付したのであるが、そのさい、被控訴人等の承諾を得て、第二番会(同年四月一八日)の掛戻金内金六、二〇〇円と、前記富田の宝城寺講の延滞掛戻金七万円を差引いた上、金五万円を小切手、残金五、八〇〇円を現金で交付したものであることが認定できる。

この点につき原審並当審における被控訴人浅見七朗本人は、被控訴人等は、控訴人個人より金三八万円を月一割一分ないし、一割二分の利息で借受けることになつたが、形式上は、被控訴人等が大聖講に加入した上初番会で落札した如く仕做し、掛戻金の名目で貸金の分割弁済をすることを約定し、その旨の公正証書を作成した上、抵当権設定登記をしたのであるが、控訴人は、昭和二四年四月小切手で金五万円を貸与したに止まりその余の貸付をしないから、公正証書記載の掛戻債務は不成立に終つたものであると供述し、また、原審並当審における被控訴人浅見八重子本人は、公正証書記載の債務及び抵当権設定その他の登記内容については全然関知していないと供述しているが、もし金三八万円を月一割一分ないし一割二分の利息で借受けたのであれば、その返済は、公正証書記済の毎月二回金一二、〇〇〇円宛、六四回の分割弁済によつて完了するわけでないことは数理上明らかであるし、さらに被控訴人浅見八重子は、右公正証書の作成、登記の申請に直接関与し、その衝にあたつたものであることは、同本人の自供するところであるから、公正証書、登記の内容を知らない筈はないと思われ、かつまた前記証拠と対比するとき、右各本人の供述を以て真実を伝えるものとは認め難い。また原審証人井戸道之輔、同小西幸子の各証言中に一部被控訴人等の主張にそう部分があるが、いずれも被控訴人等からの伝聞事項にかゝり措信できない。なお成立に争のない甲第五号証の掛金領収日時の記載、同甲第一号証添付の小畑清吉作成の遅滞証明書の遅滞日時の記載、前記乙第七号証の落札金交付日時の記載が正確でないことは、前記控訴人本人の供述で認められるところであるが、いずれも誤記、錯誤によるものであつて、前認定に支障を来すものとは考えられず、他に該認定を覆すに足る的確な資料がない。

被控訴人等は、右掛戻債務の負担は、金三八万円の貸与なき点において、要素に錯誤があり、そうでなくても、控訴人の詐欺によるものであるから、これを取消す旨主張するが、この点に関する被控訴人両名本人の供述は、前同様信用し難く、他にこれを認めしめるに足る証拠がないから、該抗弁は採用できない。

しかして、右認定の事実によれば、公正証書記載の掛戻債務は、金七六八、〇〇〇円の全額について成立したものといえないのは勿論であるが、それがため全部の不成立を来すわけでなく、金五一二、〇〇〇円を昭和二四年四月一八日以降毎月三日、一八日に一回金八、〇〇〇円宛分割弁済すべき債務として有効に成立したものというべく(大正一四年五月四日大判参照)、従つて同証書記載の分割金不払の場合における期限の利益喪失の制裁約款、遅延利息等に関する約定も、右債務に関するものとして効力を生じ、前記公正証書を以てその債務名義とするのに支障がないものというべきである、また、当初前者の債務担保のため、なされた抵当権設定契約、条件付賃借権設定契約も、被控訴人等に反対の意思が認められない限り、前同様後者の債務のため、有効に成立するに至つたものと認めるのが相当である。しかしながら代物弁済の予約は、債務額と提供物件の価格とを比較較量して締結されたものというべきであるから、実際に成立した債務額が、予約締結当時の債務額の約三分の二に減少した以上、特段の合意なき限り、右予約の効力を減少した債務額について認めることは困難であり、該予約は無効に帰したものと解するのが相当である。

ところで、被控訴人等が、控訴人に対し、昭和二四年五月一八日(右日時の点は、前記乙第一号証によつてこれを認める)までに、三回分の掛戻金合計金二四、〇〇〇円の支払をしたことは、控訴人の自陳するところであり、その余の分割金の支払については、被控訴人等より何の主張、立証もないのであるから、前記掛戻金総額五一二、〇〇〇円より右金二四、〇〇〇円を控除した残額金四八八、〇〇〇円については、前記制裁約款により、同年六月四日を以て全部の弁済期が到来し、しかも同日以降制限利率たる年一割の割合による約定損害金を附加して支払をなすべき義務を負担するに至つたものというべきである。従つて本件公正証書記載の債務のうち、右の範囲を超える部分は、一部は不成立、一部は弁済によつて消滅したものであつて、執行力を有しないから、被控訴人等の債務不存在確認、請求異議の各請求は、右認定の限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当として排斥を免れない。

つぎに被控訴人浅見七朗の本件各登記の抹消請求について考えるに、前記の如く代物弁済の予約が無効である以上、これを原因とする所有権移転請求権保全の仮登記は、実体関係を欠如し、これが抹消登記を求める被控訴人の請求は正当であるが、その余の抵当権設定登記、賃借権設定請求権保全の仮登記は、その内容に掲げる債権の表示が、前認定の如く一部不成立のため真実に合致しない瑕疵はあるが、登記全部を無効たらしめるものでなく、登記に錯誤がある場合に該当し、更正登記によつてこれを是正すべきものというを相当とする。ところで被控訴人は本訴で該登記の抹消を求めているのであつて、しかも弁論の全趣旨に徴するとき、その請求に更正登記を求める趣旨を含むものとは解し難いから、右請求は失当として棄却するの外はないものというべきである。

よつて、右と異る原判決は、これを変更すべきものとし、訴訟費用の負担について民訴法第九六条第九二条、第九三条第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 金田宇佐夫 鈴木敏夫)

目録

東京都杉並区宿町一六〇番地

家屋番号 同町 二六九番

一木造瓦葺二階建一棟

建坪 六九坪一合二勺

外二階六四坪五合

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